『80歳で20本の歯を残す歯科統合医療』
地域の虫歯患者が激減!夫婦歯科医の勲章-神奈川県・横須賀市五十嵐歯科医院五十嵐俊男・文子歯科医●歯はロ腔から全身の健康を守る
神奈川県横須賀市・東逸見は緑豊かな丘を貫く一本の広い通りを中心街とするこじんまりした地域である。その通りの中ほどに位置する「逸見駅」から歩いて1分のところに『五十嵐歯科医院』はある。医院の間口は決して広くないが中に入ってみると意外にも奥行きが深く、広い診察室にはデンタル・ユニットや最新の医療機器がずらりと並ぶ。五十嵐俊男院長と妻の文子歯科医師が夫妻で歯科治療にあたるが、担当分野はそれぞれ異なる。
俊男院長は一般歯科、矯正歯科、そして1975年からは先端的なインプラント(人工歯根)治療にも力を入れてきてその分野の研究もある。東京歯科大学講師もつとめているのだ。
文子歯科医は一般歯科のほか小児歯科を専門とする認定医であり相談医でもある。また五十嵐歯科医院は"神奈川県障害者歯科医療担当医"も勤める。そしてここの診療科目には歯科には珍しい"東洋医学科"がある。単なる歯科医院を超え統合医療的奥行きをもつ歯科と言ってよいのだ。
その理由を五十嵐俊男医師は次のように説明する。
「歯科は歯だけ見ていればよい、というのは過去のことです。歯の喪失や不具合はストレスの発生源になりますし、それが歯並びに狂いをもたらし咬合状態が悪化すると、腰痛や肩こり、偏頭痛、生理不順など慢性的な苦痛に悩まされるようになります。胃腸への負担も増します。歯槽膿漏や口腔内の菌の異常増殖による口臭は、心の悩みにもつながります。東洋医学的に見ると、一本一本の歯は経絡を通じて全身の機能と関わりを持っているのです。ときには歯科の診療で口腔がんが発見されることさえあるのです。こうして見ていくとこの分野は"口腔と頚椎領域を含む医療"として考えるほうが合理的なのです。歯科医療は口腔から入って免疫なども含め全身の健康を守る仕事として考えるべきだと…そういう総合的な視野で私たちは歯科領域の医療にあたっているのです。そう考えるとき、当然統合医療的にならざるを得ないわけです」
五十嵐歯科医院は俊男歯科医師の父が70年前(昭和7年)に同じ場所で開業し、地域住民の健康を歯の領域から守ってきたのである。
「ですから患者さんも、親・子・孫と3世代もつづけてお出でになっている方が多く、みんな顔見知りです。子供さんもその親もずっと私どもが虫歯の予防とお手入れをしてきましたので、この地域は虫歯が少ないですよ」と小児歯科担当の文子歯科医は太陽のような笑顔を見せる。虫歯患者が減ったのに嬉しそうだ。
子供時代にきちんと歯の手入れをし予防のコツを身につけてもらえば、虫歯になりにくい。町が程よい規模で住民に眼が届きやすいせいもあるのだろうが、地域密着型医療のお手本といえる。
●8020(ハチマルニイマル)運動と東洋医学
五十嵐俊男歯科医夫妻は「ハチマルニイマル8020運動」に力を入れている。80歳で20本の歯を残そう、という運動である。「人の永久歯は32本ですが、厚生省の報告では、通常日本人は40〜60歳の間に11本の歯を失うということです。すると60歳のとき残っているのは21本ということになり"6021"となる。しかしこれは失いすぎで、歯科医の立場から言えば、失う歯は10年に1本程度が理想です。今日本人の平均寿命は女性85歳、男性79歳という長寿社会を迎えました。歯の健康フェスティバルで歯がたくさん残っている高齢者の表彰があったのですが、平均寿命に近いその顔ぶれを見ると皆さんとてもお元気で、中には32本の歯全部が揃っている方まであったのです。その方たちは歯がたくさん残っていたからこそ、長寿を達成できたとも言えるのではないでしょうか。
それぞれの歯を80歳過ぎまで残すというのは大変素晴らしいことです。仮に6歳で永久歯となった臼歯が80歳で残っているとすると、74年間その歯にお世話になったことになるわけです。生涯のほとんどを共にしたことになります」
●失ってはじめて知る歯の大切さ
昔の歯科では虫歯になると比較的簡単に抜かれた気がするが、今は出来るだけ抜かずにある歯を生かす治療をしてくれるようになっている。わたしも数年前臼歯が虫歯になり近所の歯科に行った。何年も放っておいたため穴が開いてひどい状態になっていて、抜くしかないと諦めていたが、"何とか抜かずにやってみましょう"と時間をかけて結局その歯を生かしたまま治していただき感激した。そのとき歯科医が言った抜かないほうがよいという理由は、人工の歯とは噛み応えが異なる、味が変わる、顎に影響が及ぶなどだった。五十嵐医師のお話を伺いながら、その歯科医の思慮深一さに今頃気づき感謝の念が深まった。
「"失ってみてはじめて分かる親の恩"といいますが、私は"失ってみてはじめて分かる歯の大切さ"とよく言うのです。入れ歯は口腔内にプラスチック製の異物をいれるわけで、入れてみてはじめて繊細な感覚がなくなり自分の歯とは全く別物であることに気付かされます。
噛みにくい、話しにくい、うまく笑えない、などということが起こり、はじめて入れ歯を入れたとき、人はたいていカルチャーショックを受けます。でも、日本では入れ歯人口が1千万人とも言われるのです。
そんな入れ歯でも、それがなければ食事が出来ませんし、女性なら口紅が塗りにくくなり、男性はひげも剃りにくくなるのです。歯を失ってしまったからには、不都合を我慢して入れ歯を入れるしかないわけです。自然界の哺乳動物は、歯を失うことは死を意味します。食べ物を摂ることが出来なくなりますし、身を守る戦いも出来ず命を失うのです。ですから、自然界では歯のぬけたライオンや歯のないトラなど、まず見たことがありません。本来歯は"命"なのです」
だから歯は極力抜かない方向で治療する、と五十嵐医師はいう。そしてそれ以上に五十嵐医師と文子医師が力を入れるのは、虫歯と歯周病にならないような生活指導(口腔衛生管理)による予防だ。
食後の歯磨き(ブラッシング)を面倒くさがらずにつづける。一口30回噛む(噛むことにより歯茎が引き締まり、歯垢が落ちやすくなる。脳の血流が増しボケ防止にもなる)。歯に異常を感じたら早期発見早期治療。治療が終わったあとの誕生日ごとに年1回の定期検診でメンテナンスする(五十嵐歯科医院では無料のリコールシステムをとっている。ここで治療した歯や入れ歯を、出来るだけ長くいい状態で使用しつづけてもらうために責任を持とうと言うシステム。治療結果と予防がうまく行われているかを検査し、新しい虫歯や歯槽膿漏の早期発見につとめることで、治療も簡単・経済的に済ませられる。年1回お誕生日には検診を!が合言葉だ)など。その目標とするところこそが"8020"なのである。
●歯科のロ漱ぎ水は細菌だらけ!
五十嵐歯科医院に入る水は水道本管からの取り入れ口に設置された"自然回帰水生水器"によってすべて浄化され、低分子化されている。名前の通り最も自然に近い岩清水のような水を得るための装置だ。"歯科のくちすす口漱ぎ水は細菌だらけ"という衝撃的な事実が東京医科歯科大学大学院の荒木孝二准教授らの調査報告で明らかにされたのである。
デンタル・ユニット(治療椅子)の治療装置5台から出る水を調べたところ、始業直前では口漱ぎの水からはーmρあたり平均50万群体、歯を削る機器から出る水からは25万群体(双方とも米国歯科医師会の基準値200群体以下)の従属栄養細菌が検出されたのだ。
もちろん水の汚染は歯科だけの問題ではない。大病院の水からもブドウ球菌や大腸菌などの雑菌が検出されており、汚染源が給水塔や地下水層であることも明らかになっている。それはそれとして、ここでは歯科の水についての話だ。
「治療に使われる水は水道管からデンタル・ユニットに附属しているパイプを通して出てくるのですが、一晩ユニットのパイプに滞留している間に細菌が繁殖する、と荒木准教授は指摘しています。従属栄養細菌は細菌学的には、それ自体直ちに病気を引き起す一般細菌とは異なりますが、大量に体内に入れば免疫の低下しているお年寄りや、病気の人は日和見感染を起こす可能性があります。今ではほとんどの歯科医がこの事実を知っていますが、コストの問題もあって水の浄化装置を特に設置しているところは多くありません。
しかし私は、水とは切っても切れない歯科医がこういう水を使いつづけることは大問題だと考え、6年前から全館の水を浄化することにしたのです。多くの浄水装置を調べた結果自然回帰水生水器を採用することにしました。
すると、分子が小さく高速で分子がぶつかり合う活性の高いこの水で、細菌の浄化だけではなくいろいろな驚くべき効果が現れることが分かってきたのです」
●水の力を味方につける歯科医療の新しいかたち
五十嵐院長は東洋医学的に舌診で患者の全身状態などを診、気功治療もするのだが、この水をうがいに使うようになってから患者の舌の苔(舌苔)がきれいに取れて、口臭が緩和されることに気付いたという。「歯科で口臭の悩みを訴える人は少なくありません。歯周病と舌苔と胃の不調がその原因なのですが、この水を使って舌をブラシでこすると舌苔がきれいに取れますし、唾液腺の働きが良くなるので口腔環境が改善され雑菌の繁殖が抑制される。ドライマウス(口腔乾燥症)が増えていますが、歯周病や歯列不正などでドライマウスが起ってきます。唾液腺の活性化はそれらを改善し、患者さんのQO玉を高めます。それと歯に付着する歯石が、この水を使って歯磨きするとポロポロ取れます。
これは抜歯した歯を使って実験をしてみました。普通の水道水と自然回帰水で、歯石取り効果がどの程度違うのか…」
両方とも30日間漬けてその後除石したのだが、水道水に漬けた歯に較べ、自然回帰水に漬けた歯は歯石が明らかにきれいに取れたという。
「歯周病の進行が早い方は糖尿病や高血圧、痛風をもっているケースが多く、歯科の治療と平行して、当然ベースになっているそちらの病気も上手にコントロールしていただかなければなりません。東洋医学はそのとき有効なのですが、そのときこの水を継続的に飲んでいただくとより効果的なことも明らかになってきまして、今では容器を持ってきてこの水を汲んでいかれる患者さんもおられますよ」
五十嵐医師は現在60歳だが、中学時代から腎臓結石に悩まされてきた。治療しても月日が経つとまた出来るのだ。父親も兄も腎臓結石であり、体質的なものだろうと半ば諦めていたという。
この水を導入したとき、腎臓結石を流し出したという事例がいくつもあると聞き、本気で水を飲みはじめた。
「するとおしっこと一緒に小さなきらきらした石が何度も繰り返し出たのです。そしてそれ以後結石は出来なくなりました。水の健康効果を医者の立場で真剣に追求することになったのはそれからなのです。人の体は60〜70%が水分で、いろいろやってみればみるほど、新しいことが分かってくる。水は奥深いですね」
今では診察器具の洗浄から消毒、デンタル・ユニットの洗浄まで、自然回帰水で行っているという。
「この水には消臭の働きもあって、医療機関独特のホルマリン臭が消え診察室が爽やかになりました」
●歯の銀行を!
五十嵐医師は歯科の先端治療であるインプラントの、先駆的治療者としても知られる。義歯(入れ歯)の欠点をすべてカバーするインプラントは、顎の骨にしっかり埋入植立されて自前の歯のようになる。高度な技術を必要とするが、五十嵐歯科医院では1975年から2000年3月までの25年間に357人に707本のインプラント埋入植立を行っており、2002年に所在不明者と死亡者を除いた308名613本のその後の残存状況などを調査した。その臨床評価を詳細な論文に纏め『日本歯科先端技術研究所学術会誌Vo1・8No・3』に発表した。それによると、男性82・8%、女性90・1%のインプラントの歯が立派に機能していた。五十嵐歯科医は28年前から東京歯科大学非常勤講師として、インプラント治療の後進育成に力を注いでいる。費用の問題はあるものの、失われた歯の治療としてインプラントはひとつの理想形なのだ。
東洋医学的治療と共に最先端のインプラントも行う五十嵐歯科医の歯科医療は、まさに統合医療と言えるのである。
最後に今五十嵐医師が考える「歯の銀行」構想について紹介しておこう。
「抜歯した親知らずや歯周病で抜けた歯は従来廃棄されてきましたが、全くもったいないことです。そういう歯を適切に処理して保存しておけば、自分の歯を失ったとき、多少形を変えて自家移植できるのです。
今では皮膚やアイバンク、腎臓、肝臓などいろいろな臓器銀行がありますが、歯はほかの臓器よりはるかに保存しやすい。歯の銀行があればと考えているのです」
五十嵐医師は歯の銀行についていろいろ構想を練っているようだが、その前に今は取りあえず、抜けたり事故で欠けたりした歯の再植手術について注意を喚起する。
「欠けたり抜けたりした歯は、牛乳や水に漬け乾燥させないようにして、再植手術のできる歯科医へ急いで受診してください。身近に水分がないときは欠けた部分をすべて拾って口腔内の唾液で濡らしたまま行きます。
もしすぐ行けない事情がある場合は、冷蔵庫のプリーザーに入れて氷に閉じ込め、48時間以内に氷が溶けないようにして歯科に持参します。歯科ではそれを洗い消毒してから特殊なアミノ酸液に漬けて、歯の抜けた場所に再植し固定します。
早ければ2週間で骨と付きます。元々自分の歯ですから違和感がなく、拒絶反応もありません。ほとんどのケースで良好な結果が得られているのです」
何があっても、簡単には自分の歯を諦めない。それが全身の健康維持にもつながる。
五十嵐歯科医夫妻のお話は、詰まるところそのことを言っていることに気付いた。諦めない歯科医療だ。

